日本のブロードバンド市場概況
2025年現在、日本のインターネット回線サービス市場は成熟期に入りつつも、FTTH(光回線)への移行と高速化への需要に支えられ、緩やかな成長を続けています。総務省の発表によると、2023年12月末時点での固定系ブロードバンド契約数は4,659万件(前年同期比1.3%増)となっています。
市場の中心を占めるのがFTTH(Fiber To The Home)、いわゆる光回線サービスです。2025年3月末時点でのFTTH契約数は4,104.8万件に達しており、固定ブロードバンド市場全体の約88%を占める圧倒的なシェアを獲得しています。一方、かつて主流だったADSLサービスは、2024年3月末をもってNTT東西のサービスが終了したこともあり、急速にその規模を縮小しています。
2024年度のFTTH年間純増数は68.8万件となりました。新型コロナウイルス感染症拡大に伴うリモートワーク需要の特需が落ち着いたことで、純増数は減少傾向にありますが、依然として安定した需要に支えられています。
FTTH市場の詳細分析
市場規模の推移
ある調査会社のレポートによると、日本の通信サービス市場は2024年に約12兆円規模と推計されています。そして、5Gの普及、IoT(モノのインターネット)、クラウドサービスの拡大といった要因が成長を牽引し、2030年には約14兆円に達すると予測されています。年平均成長率(CAGR)は約3%と、安定した成長が見込まれています。
しかし、FTTH契約数そのものは飽和に近づきつつあります。人口減少と世帯数の頭打ちにより、新規顧客の獲得は年々困難になっています。そのため、通信事業者は既存顧客の維持(解約率低減)と、より高速・高品質なサービスへのアップグレードによるARPU(1契約あたりの平均収益)向上に注力しています。
飽和市場における成長戦略
契約数の伸びが鈍化する中、各事業者が採用している主な戦略は以下の通りです。
- 高速化へのアップグレード:従来の1ギガプランから10ギガプランへの移行を促進
- 付加価値サービスの提供:セキュリティソフト、クラウドストレージ、IoT機器との連携
- スマホセット割:モバイル回線とのバンドルによる顧客囲い込み
- 法人市場の開拓:テレワーク需要、クラウドサービス利用増加への対応
- 顧客体験の向上:AIチャットボット、迅速なサポート体制
事業者別シェア分析
サービス提供主体別シェア(2024年9月末時点)
FTTH市場における事業者別シェアを見ると、NTT東日本・西日本が提供する「フレッツ光」および光コラボレーションモデルを利用した各社のサービスが、合計で58.2%という圧倒的なシェアを占めています。これは、NTTが全国規模で整備した光ファイバー網という社会インフラを活用できることの強みを如実に表しています。
主要事業者グループのシェア
- NTT東西(フレッツ光・光コラボ):58.2%
- KDDIグループ:約15%
- ソフトバンクグループ:約12%
- 電力系通信事業者:約8%
- CATV事業者:約5%
- その他(NURO光等):約2%
各事業者グループの特徴
KDDIグループは、独自の「au光」サービスに加え、電力系光回線(コミュファ光、eo光など)やケーブルテレビ事業者との提携により、全国規模でのサービス提供を実現しています。auスマホとのセット割引「auスマートバリュー」が強力な武器となっています。
ソフトバンクグループは、NTTの光コラボを利用した「SoftBank 光」を主力としつつ、置くだけWi-Fiの「SoftBank Air」という選択肢も提供。ソフトバンク・ワイモバイルユーザー向けの「おうち割 光セット」で顧客を囲い込んでいます。
電力系通信事業者(関西電力系のeo光、中部電力系のコミュファ光など)は、各地域で独自の光ファイバー網を持ち、地域密着型のサービスを展開。多くがKDDIと提携し、auスマホとのセット割引を提供しています。
ISP別シェアランキング
ISP(インターネットサービスプロバイダ)単位での固定ブロードバンド市場全体のシェアを見ると、興味深い状況が浮かび上がります。
2024年9月末時点で、NTTドコモが「ドコモ光」と5G/4Gホームルーター「home 5G」を合わせて16.9%のシェアで首位を維持しています。ドコモは光コラボレーションモデルを活用し、強固なモバイル顧客基盤を生かした「ドコモ光セット割」で急速にシェアを拡大してきました。
ISP別シェアTOP5(固定ブロードバンド全体)
- NTTドコモ:16.9%(ドコモ光 + home 5G)
- ソフトバンク:約13%(SoftBank 光 + SoftBank Air)
- JCOM:約11%(ケーブルインターネット)
- OCN(NTTレゾナント):約6%
- au(KDDI):約5%
注目すべきは、ケーブルテレビ大手のJCOMが約11%のシェアで3位につけていることです。全国規模でのM&Aにより事業を拡大し、トリプルプレイ(インターネット・TV・電話)のパッケージングが顧客に支持されています。
また、老舗ISPであるOCN、@nifty、So-net、BIGLOBEなども、長年培った顧客基盤とサポート体制を武器に、一定のシェアを維持しています。
光コラボレーションモデルの影響
2015年2月に開始された光コラボレーションモデルは、日本の固定ブロードバンド市場に劇的な変化をもたらしました。このモデルは、NTT東日本・西日本が自社の光回線設備(フレッツ光)を他の通信事業者に卸売りし、各事業者が独自のブランド・料金・付加サービスで顧客に提供できる仕組みです。
光コラボモデルがもたらした変化
- 参入障壁の低下:巨額の設備投資なしに光回線サービスを提供可能に
- 価格競争の激化:多様な事業者の参入により料金が低下
- サービスの多様化:各社が独自の付加価値サービスを競って開発
- ワンストップ化:回線とプロバイダを一体で契約、請求も一本化
- スマホセット割の浸透:携帯キャリアが光回線市場に本格参入
光コラボモデルの開始前、フレッツ光を利用する場合は「NTT東西との回線契約」と「ISPとのプロバイダ契約」の2つの契約が必要でした。しかし光コラボ事業者と契約することで、これが一本化され、ユーザーの利便性が大幅に向上しました。
ホールセール事業の収益構造
NTT東西にとって、光コラボモデルは「直接の顧客接点を失う」というデメリットがある一方で、「安定したホールセール収入」と「設備投資リスクの分散」というメリットがあります。光コラボ事業者からの卸料金収入は安定しており、またユーザーサポートやマーケティングコストを光コラボ事業者が負担するため、NTT東西は設備の維持・拡充に専念できる体制となっています。
一方、光コラボ事業者側も、自前で光ファイバー網を構築することなく全国規模でサービス提供できることは大きなメリットです。ただし、卸料金が固定されているため、差別化は主に「料金設定」「付加サービス」「サポート体制」「他サービスとの連携(スマホ、電気、ガスなど)」といった部分で行われています。
地域別の普及状況
FTTH(光回線)の普及率は、都市部と地方で大きな格差があります。東京・大阪・名古屋といった三大都市圏では、世帯カバー率がほぼ100%に達しており、提供可能エリアにおいて選択肢も豊富です。複数の事業者が競合しているため、料金やサービス内容での競争も激しくなっています。
一方、人口密度の低い地方部や離島部では、設備投資に対する収益性の観点から、FTTH網の整備が遅れている地域も存在します。政府は「デジタル田園都市国家構想」の一環として、地方における光回線の整備を推進していますが、採算性の問題から民間事業者だけでの整備には限界があり、自治体や国の補助金を活用した整備が進められています。
デジタルデバイド解消の取り組み
総務省は、条件不利地域における光回線整備を支援する「高度無線環境整備推進事業」「情報通信基盤整備推進事業」などを実施しています。また、5Gやローカル5G、FWA(Fixed Wireless Access)といった無線技術を活用し、光ファイバー敷設が困難な地域でも高速インターネット環境を提供する取り組みも進んでいます。
NTT東日本は、2025年6月に「フレッツ 光クロス」(最大10Gbps)の提供エリアを青森、岩手、山形、福島、神奈川の各県で拡大するなど、地方都市への高速サービス展開も加速しています。こうした取り組みにより、地域間のデジタルデバイドは徐々に解消されつつあります。
まとめ
日本のインターネット回線サービス市場は、FTTH契約数4,104万件、市場規模12兆円(2024年)という巨大市場です。NTT東西を中心とした光コラボレーションモデルが市場の約6割を占める一方、KDDI、ソフトバンク、電力系、CATV事業者などが独自の強みを生かして競争しています。
市場は成熟期に入りつつありますが、10ギガへの高速化、IPv6 IPoEによる品質向上、AIを活用した運用効率化、スマホセット割による顧客囲い込みなど、各社は様々な戦略で差別化を図っています。今後は、新規顧客獲得よりも既存顧客の維持と、ARPUの向上が重要な競争軸となるでしょう。
また、次世代通信技術IOWNの商用化、6G時代の固定・モバイル融合、スマートシティやIoTといった新たな用途の開拓など、市場には新たな成長機会も存在します。2030年に向けて、通信事業者がどのような戦略を展開するのか、注目が集まっています。